【発心の道場(阿波編)】  

 

1日目

3月22日(晴れ) 5時半起床

「本当に行くのですか・・・」

荷物を準備万端に整え、引き締まった顔をした僕を玄関先で母が尋ねた。

「頼むから行かないで・・・」母が懇願している。

僕は深刻になっている母の気持ちが分からなかった。

ただ、自分を試したい。その気持ちに変わりなく少し困った表情で

「大丈夫。大丈夫。」と諭したが、ここで話をしてもラチがあかない。

「まあ連絡ちゃんと入れるからね」

半分逃げるように岡山駅に向かった。


朝7時半の岡山発マリンライナーでいざ四国を目指す。

今回の旅の為に3ヶ月前から、歩きの練習を重ね多少自信はあった。

それもそのはず。四国88ヶ所以外に四国には色々なお寺がある。

僕は今回別格20霊場も一緒に巡り、108ヶ所を目指している。

計1400キロ!行動予定は全て「歩きの通し打ち」でしかも「野宿」だ。

考えられる一番困難な設定を自分に課した。

何故かと言うと、僕は幽霊がこの世で一番嫌いだからである。


お遍路には区切り打ちと言って、何回かに分けてまわる方法。

一国打ちと言って一つの県ずつに分けてまわる方法。

車、バイク、自転車、観光バス、色々な方法があり、どんな事情がある人

でも受け入れてくれる所だ。(お寺を参拝することを打つと言う)


しかし、これから始まる想像をこえた疲労と苦痛を今は知るよしも無く

電車に揺られて、ただ電車の動きに身をまかせるだけであった。

瀬戸大橋を越え、香川県で乗り換えいざ徳島県鳴門市を目指す。

高徳本線は徳島弁が飛び交い、阿波人の気質をうかがわせた。

一番札所「霊山寺」へは鳴門の坂東駅から徒歩10分の所。

「あともう少しで1番札所に着く・・・・」段々と興奮が高まってくる。

それもそのはず。四国お遍路を思い立って今日まで

約6ヶ月。長かった待ち遠しい恋人にでも会うかのような気分だった。

高徳本線に乗り込み、座席に座ると「おやっ!」

なんと3席前に僕のお客様の「ちずるチャン」がいるではないか。


彼女と両親らしき人が雑談している。

「あっそうか・・彼女の親は確か徳島出身と言っていた気がする」

里帰りだな。

僕はすぐさま彼女に声をかけた。でもちずるチャンはびっくりした様子で

「あらー?どうしたんですか」思わず「ちょっと用事で・・・」

何故かお遍路に来たとは言えなかった。

「そうか・・・もし僕がお遍路で野垂れ死にしてもいいように最後にお客様

に会わせてくれたんだ!」

「そうか僕はヤバイかもしれないんだ!」

事実ひと昔前は、お遍路と言えば死期の近い人が最後の旅をする所。

どこで死んでもいいように、お遍路さんは金剛杖と言って五輪塔の形を

した杖をついて巡礼をするのである。

しかし僕の心の中には、微塵も命の心配はしていない。

最後まで予定通りの日にちで帰るのみ。

そんな事を考えているうち坂東駅に着いた。

ここで、何やら大きなザックを抱えた人が僕意外に2人降りた。

「お遍路さんかな?」しかし普通の服を着ているし、まあいいか。

事前に買っておいた歩き遍路用の地図を開く。

だが、昨夜あれもこれも必要かなと思ったザックのなかみが予想以上に重い。

ふらふらしながら歩いている自分は、「そうだ!歩きの練習はしてきたけど、荷物

の重さは想定外だ!」歩き遍路では5~7キロの重さが目安。

しかし僕のザックは12キロを越えていた。

12キロなんて普段考えると何てこと無い重さだけど、それを背負いずっと歩くとなると

話は別物。一気に顔が青ざめる・・・ヤバイ

そんなこんなでなんとか霊山寺に到着。まずは巡礼の前に重さの分散をしなければ


とても歩けない。幸い1番札所では、お遍路グッズの売店があった。

まず、金剛杖(これには途中で何度も助けられる)

次に、山谷袋(肩から下げて主にすぐに取り出しやすいものを入れておく)

次に、遍路笠(竹で編んだもので日焼けや雨から頭を守る)

そして輪袈裟(袈裟を首から掛けるとお遍路らしくなった)

その他のものはすでにネットで購入済みであったので、これでひとまず準備万端。

早速、山谷袋に数珠、納め札、経本、ろうそく、線香、納経帳2冊、地図2冊、ライター、ボールペン、水等を詰め直した。

いよいよ寺の中に入っていくと、なんと!お遍路さんだらけではないか!

当然といえば当然。ハハハ;

巡礼の仕方はまず門前で一礼して山門をくぐる。そして入り口付近の手洗い所

で口をゆすぎ手を洗う。そして本堂にて線香、ろうそくに火をつけ、自分の名前を書いた納め札(現在は紙だが、

昔は木の札を打ち込んでいたらしい)

そしてお経を唱えるのであるが、般若心経なんて今まで一度も唱えたことは無い。

経本を手に周りのお遍路さん達に合わせて口パクである。(まーこんなもんか)

次に大師堂(弘法大師ー空海さんが奉ってある)に行きもう一度同じ工程を辿る。

それが終わり、1番札所の朱印とサインを書いてもらうのである。

「やった!あと107ヶ所だ!」これで僕もお遍路さん。少し嬉しかった。

出口でもう一度山門に一礼をして2番札所「極楽寺」に向かった。
2番札所まではわずか700メートル。

国道沿いを歩いていると自転車遍路の若い二人組が僕に向かって

「頑張って!」と手を大きく上げてくれた。彼らは88番札所から遍路を終えて1番札所

に戻ってきた若者だ。何だか嬉しかった。

しかし、ザックが重すぎる。気にしながら先へ進んで行った。

3番札所「金泉寺」を打ち終え、もう少しで日没も近い。

今日の夕食の確保でコンビニを探した。少し道に迷ったが、カップメンとおにぎりを確保。

4番札所「大日寺」を目指したが、もう肩とと背中が痛くて腕がちぎれそうに痛い。

今日の寝ぐらはネットで調べていた、大日寺前の東屋だ。

このあたりからゆっくりとした上り坂が続く。

それにしてもこのいい加減な地図では、どの道を進めばお寺に着くのか見当も

つかない。寺への案内板も見当たらない。山道に差し掛かり、そろそろ薄暗くなって来た。ヤバイ・・・

途方に暮れてへたり込んでしまった。

見る見るうちに辺りは暗くなって山道で恐怖すら覚えてきた。

初日に絶対絶命のピンチだ!

そんな時、なんとこんな山で向こうから犬の散歩に来ている近状の住民に

出くわしたのだ!「おおっ!神様!仏様!弘法大師様!」

命が繋がった瞬間だった。

この人に、今日の目的地を伝えると親切に教えてくれた。

なんと大日寺はそこから2分の所だった。あれっ!?

目的地に着くと早速、テントの設営と野宿の準備である。

既に辺りは真っ暗。急いでお湯を沸かす。こんなカップラーメンが美味しいなんて・・・

夕食を終えるとテントの中で汗にまみれた身体を拭き、足のテーピングをそっとはがす。「終わった・・・」

とても長い長い一日が終わった。くたくたである。

日記を書き終え、寝袋の中で深い不安におののきながら夜がふけていった。


何時頃だろうか・・・「うぅぅぅぅ」

全身が凍りついた。女性の鳴き声ともつかない寂しそうなすすり泣く声が確かに聞こえた。

「うぅぅぅぅぅ・・・」やっぱり間違いない。

「出たっ!」お遍路で幽霊を見た人は沢山いると、ネットで見てはいた。

時計を見るとちょうど午前2時。出るには申し分無いシュチュエーションだ。

寝袋の中で、頭まですっぽりかぶり息を殺した。

緊張に顔面が凍りつく。「うぉぉぉぉぉぉ」

近ずいて来たではないか!もうテントの5メートル以内にいる。

怖い!とにかく怖い!

そうするとなんともう一方からもすすり泣く声が聞こえてきた。

「あれっ!」どうも何か変だ・・・

なんと盛りのついた「猫様」だった。

「良かった・・・」夜はふけていった。


本日10キロ


1番 霊山寺(りょうぜんじ) ご詠歌
霊山の、釈迦のみ前に、めぐりきて よろずの罪も、消えうせにけり

2番 極楽寺(ごくらくじ) ご詠歌
極楽の、弥陀の浄土へ行きたくば 南無あみだぶつ、口ぐちにせよ

3番 金泉寺(こんせんじ) ご詠歌
極楽の、たからの池を思えたべ こがねの水、すみたたえたる



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